短期集中連載「俺と牧夫」第弐回『“彼”と“巨人”』


世界中にただ一人、寄る辺も無く、敵しか持たない存在
自らが何者か知らず、生きる意味を持たず、希望と言う言葉も知らず、未来を理解できず、何故憎いのかも知らずに、ただ全てを憎むだけの存在
そんな“彼”に何かができるわけが無かった
グレゴリアンの放射能汚染地帯に打ち捨てられ、速やかに朽ちるはずだった

そこで“巨人”と出会うまでは

潜在能力解放種として研究・調整された“彼”は強化実験の過程でルーベルに対するギアスが解けてしまい、反抗したために放射能汚染地帯に廃棄される。
終の棲家と定めた廃墟の奥底で、“彼”は半ば崩れかけた“巨人”に出会う。
死に逝く彼の目に映ったのは、大戦時に破壊されエネルギーが尽き、停止していたギガース*1であった。

「魂弄ぶきゃつらは人に非らざる人鬼なれば、我もまた悪鬼羅刹となり、七度生まれ変わりて国を怨まん」
「七生怨国。その暗き心意気は我の好む所である。ベネ。汝を認めよう。汝は我に相応しき存在なれば、我が一部となることを受け入れよ。さすれば汝の望みは叶おうや」
「否も応も無い。我は生まれて初めて望みを持つ事を許されたのだ。これが喜びという感情か。巨人よ、御身に無限の感謝を」
「まだだ、まだ早いぞ、友よ。まだ何も始まってはおらぬ。征こう、友よ。汝が望みを叶える為に、我が願いを果たす為に。共に謳おう、滅びの歌を。我らが歌を世界に轟かせ、抗う全てを滅ぼさん!」
“彼”を内に取り込み、その魂を糧とした“巨人”は傷を癒すと汚染地帯を飛び立った。
目指すはルーベル達のしろ示す大地、バビロンの大淫婦、サタンのシナゴーグ、善きキリスト者たちの躓きの石、絢爛豪華にして堕落腐敗したる魔都エスニ市。
当時最大の紅き血の人間達の都に現れた“巨人”は暴虐の限りを尽くす。
かの大戦を生き延びるも、あらがう術を持たなかった人々は、葦の如くに刈り掃われた。

「ギガースは風を読む!」
眼に映らずとも彼のものはあらゆる兵器を受け流す。
「ギガースをおさめしは天に愛された存在!」
巨人が放つ螺旋の波動を受けたものは、触れずして内蔵を口から撒き散らし果てる。
「なんだかわからんがとにかくよし!」
さだめし益荒男の裸舞の如くに地を駆け宙を惑い天を畏怖させる戦慄の美、目にした者は愛の中に散って逝った。

滅亡に瀕したルーベル達が持ち出したものもまた、彼の者と同じく古に封じられた兇つ巨人である。
だが適性者を欠いたルーベル達は彼らの巨人を起動させるため、実に3000もの魂と無垢なる赤子を捧げねばならなかった。

やがて向かい合い生死を賭して争う二体の巨人。
戦いは7日7晩に渡って続き、その業火は天を焦がし、彼らの元に大地は踏み躙られたと言う。

しかし、戦いはルーベル達の勝利に終わった。
ギガース以外にもグレゴリアンの殲滅兵器“方舟”など悪夢を具現化したとしか思えないようなものが幾種類も存在した上に、元々死に体だった“彼”の肉体はギガースを再生させるだけで限界だったのだ。
そして“彼”と“巨人”は悪夢の鍵の門、夢の扉の向こうへと追放される。

この滅ぼされたギガースと最初のフュージョナーの名前は伝わっていない。
ただ、かのものが背後に十字架のような後光を背負い、自在に宙を飛び回った姿からクルースニクと呼称され、以後目覚めし者達は畏敬と、それに強い憎しみを込めてそう呼ばれるようになる。

*1:旧世界の遺物、グレゴリアンに作られた人の魂を糧とする悪魔の兵器