1−5

仕事いそがくてなかなか書く暇がナカス。
でも今日は隣の席のリーダーがお休みしてたんでたくさん書けた。


1−5.心の触れ合い、そして決意

 僕を競り落とした代理人は、他にもう一人競り落とした。そして少年の部が終わると競売を最後まで見届けずに僕達を引き連れて歩き出した。彼はどうやら少年専門の競売代理人らしい。用意していた足枷を、僕と僕より少し年上だろうもう一人の少年に嵌めると鎖が擦り合う音を響かせながら歩き出す。市場を通る時に周囲のみんなが僕達を見ているのを感じた。彼らの視線に宿るのは、僅かな同情、そして圧倒的なまでの軽蔑。昨日まで僕は彼らと一緒の世界に住んでいたはずなのに、この身を縛る鎖しか彼らと違いは無いはずなのに、そこには断絶があった。彼らはもう僕を汚物としてしか認識していないのだ。
 これが奴隷になる、という事なのか。ただ皆から侮蔑の眼差しを向けられただけで絶望の虜となってしまった僕。足どりは重く、うめき声が口をついて出る。市場の喧騒の中、耳聡くそれを聞きつけた代理人の男が歩を緩ませ、僕の隣にならんだ。
 「あー、そう落ち込むなよ。お前は確かに奴隷になっちまったけどよ、ここにいる連中よかよっぽどマシな生活ができるぜ。そこは俺が保障する」
 「これからお前たちがお世話になるのは内地から来た日本人なんだけどな。そこにはお前たちと同じくらいの年頃の少年が何人もいる。皆良い生活をしてるぞ。そんなボロじゃなくてまともな服ももらえるし、上手いものが喰えて大事にしてもらえるんだ。それに・・・・・」
 不思議と彼の言葉は何の慰めにもならなかった。意味はわかるのだが心まで届かない、とでも言おうか。昨日僕に話しかけてくれた刺青の少年、彼は僕と同じ境遇で、絶望に震えながらも他人を勇気付けようとしていた。彼の言葉には心が篭っていた。しかるにこの男の言葉はそうではなく、自分は安全地帯に身をおきながら下に居る僕を高みから見下ろしている。この言葉も僕を元気付けようとして口にしているのでは無い。彼は自分の行いに対して言い訳をしているだけなんだ。
 不信感が顔に出てしまったのか、彼は言葉を途中で切ると僕を睨み付けた。
 「言っておくが、俺が今言った事は本当だ。ただし、お前がご主人様の言う事をおとなしく聞いていられる良い奴隷であればだけどな。くそっ、そんな生意気な目をしてると長生きできねえぞ!」
 そう言い放つと、彼は僕の腹に軽く膝を入れた。大した打撃ではなかったのだけど、僕の弱った体はたまらずその場に崩れ落ちてしまった。男は、地面に両手をついて涙をこらえながら必死に空気を吸い込んでいた僕の髪を掴みあげると、上を向かせて鼻先に指を突きつけた。
 「お前が反抗的でご主人様に逆らうような悪い子だと、選んだ俺のせいにされるんだよ。だからせいぜい良い子にしていてくれ。それがお互いのためになるんだからな。おい、聴いてるのか?返事くらいしやがれ!」
 こんな、こんな屑のような男の言いなりにはなりたくなかった。確かに僕には何も無い。この身の自由さえ奪われて、それを取り返す力も無い。でも、子供相手に言い訳して、それが受け入れられないと逆上して暴力を振るうような男の言う事を聞くのだけは嫌だった。
 「くそっ、俺の言ってる事がわかってるのか?もしかしてとんでもねえ不良品を買い込んじまったのかもしれね・・・・・」
 「聞こえてるよ。僕が奴隷だって?お前だって似たようなものじゃないか。ご主人様の顔色を伺って、雨の日も晴れの日も市場でつったって言いつけを守ってるんだろ?そして、『今度の奴隷をご主人さまは気に入ってくれるだろうか?』とか『俺はお前を買ったけど、これはご主人様の命令だから俺は悪くないんだ』なんて小心者じみた事を考えて」
 最後まで口にする事ができず、僕の言葉は平手打ちで遮られた。
 じんじん痛む頬を押さえながら、「それ以上暴力を振るったらご主人さまに言いつけるよ。ああ、そうだね。僕は良い子にしてご主人様の言う事はなんだって聞くようにするよ。心で思った事だって顔には出さないようにする。お前の忠告通りにね。でも、なんでお前に対しても同じようにしなきゃならないんだい?」 そして、同じ奴隷じゃないか、ともう一度口にした。
 男は顔を真っ赤にすると、こぶしを握り締めて振りかざした。「ふっ、ふッー、ふッー、ファーーーーッ!!」 息を荒げ、今にもこぶしを振り下ろしてきそうだった。
 だが、結局その拳が僕に振り下ろされる事は無く、男は無理矢理自分を押しとどめると、向きを変え鎖を乱暴に引っ張った。「さっさと行くぞッ!」
 
 そのやり取りを黙って見ていたもう一人の少年が、ぼそっと口にした。
 「なんでわざわざ痛い目をみようとするのかわからないよ。逆らわなければ痛い思いをしなくていいのに」
 全くその通りだ。僕だって無駄な事はしたくない。でも、さっきはどうしても、ああ言わないといけなかったんだ。そうでなければ、僕は心の底からこの下らない男以下の存在になってしまうような気がしたんだ。これから先、幾らでもひどい目に逢うだろう。屈辱に身を震わし、従属を強いられる事もあるだろう。でもこの日の事を忘れない。僕の身分は奴隷かもしれないが、心から奴隷になるつもりはない。いつか自由になれるその日まで。